時は過ぎ、昼休み。
ここは、学校の屋上。空を見上げると、灰色の雲と白い雲が入り混じりながら漂っている。
その背後には、青い空が広がっていて、太陽がときどき顔を覗かせていた。雲の切れ間から差し込む光が、ふっと辺りを明るく照らす瞬間。
私は目を細めた。雨が降っていなくてよかった。
朝の天気予報では怪しいと言っていたけれど、どうやら外れたようだ。
私と貴子は、いつも屋上でお昼ご飯を食べる。 だけど、雨だった場合は、休憩室に避難することにしている。休憩室は、生徒の憩いの場。
自動販売機や机と椅子がいくつかあって、それなりに快適だ。 狭いけど、意外と混み合わないのがポイント。本当は、あそこで食事を取るのは推奨されていないんだけど……
教室より落ち着くし、先生たちも黙認してくれている。でも今日は、屋上で大丈夫そう。
空に向かって、私はそっと微笑んだ。そして今日は、私と貴子、そして……ヘンリーも一緒だった。
それは少し前の出来事。
私はお弁当を手に、貴子と教室を出ようとしていた。そのとき、背後から間の抜けた可愛い声が聞こえてきた。
「流華〜、待ってー。どこ行くの? 僕も行く!」
――その声の主は、言うまでもなく。
振り返ると、ニコニコと無邪気に笑うヘンリーが私たちの後を追ってきていた。
なんだか、デジャブ…… 。
一年前、いつもこうやって、ヘンリーは私の後を懐いた子犬のように追いかけてきたものだ。 屋上に到着すると、ヘンリーはさっそくベンチへ駆け寄る。 そしてこちらに向かって、ブンブンと大きく手を振った。本当に、子どもみたいなんだから。
あきれながらも、懐かしく……私は思わず目を細める。
やっぱり、こういうのも悪くない。三人でベンチに腰
時は過ぎ、昼休み。 ここは、学校の屋上。 空を見上げると、灰色の雲と白い雲が入り混じりながら漂っている。 その背後には、青い空が広がっていて、太陽がときどき顔を覗かせていた。 雲の切れ間から差し込む光が、ふっと辺りを明るく照らす瞬間。 私は目を細めた。 雨が降っていなくてよかった。 朝の天気予報では怪しいと言っていたけれど、どうやら外れたようだ。 私と貴子は、いつも屋上でお昼ご飯を食べる。 だけど、雨だった場合は、休憩室に避難することにしている。 休憩室は、生徒の憩いの場。 自動販売機や机と椅子がいくつかあって、それなりに快適だ。 狭いけど、意外と混み合わないのがポイント。 本当は、あそこで食事を取るのは推奨されていないんだけど…… 教室より落ち着くし、先生たちも黙認してくれている。 でも今日は、屋上で大丈夫そう。 空に向かって、私はそっと微笑んだ。 そして今日は、私と貴子、そして……ヘンリーも一緒だった。 それは少し前の出来事。 私はお弁当を手に、貴子と教室を出ようとしていた。 そのとき、背後から間の抜けた可愛い声が聞こえてきた。「流華〜、待ってー。どこ行くの? 僕も行く!」 ――その声の主は、言うまでもなく。 振り返ると、ニコニコと無邪気に笑うヘンリーが私たちの後を追ってきていた。 なんだか、デジャブ…… 。 一年前、いつもこうやって、ヘンリーは私の後を懐いた子犬のように追いかけてきたものだ。 屋上に到着すると、ヘンリーはさっそくベンチへ駆け寄る。 そしてこちらに向かって、ブンブンと大きく手を振った。 本当に、子どもみたいなんだから。 あきれながらも、懐かしく……私は思わず目を細める。 やっぱり、こういうのも悪くない。 三人でベンチに腰
私がぽーっと見惚れていると、外で立ち上がったヘンリーが、今度は不機嫌そうに叫んだ。「ふんっだ! 龍はずるいよ! 流華とずっと一緒にいられるんだから……。僕だって! 僕だって、ずーっと一緒にいられたなら。絶対、流華は僕のことを選んでた!」 自信満々なその言葉に、龍の眉がぴくりと動く。「ほお……えらく自信があるな」「だって、僕だって――」「だが残念だったな。お嬢は、私のことが好きだ。 おまえじゃない、私を愛している!」 ビシッとヘンリーを指さし、堂々と告げる龍。 その堂々たる態度に、私は目を丸くする。 龍って……こんなキャラだったっけ?「僕だって! 流華のこと、世界で一番、いや、宇宙で一番愛してるんだから!」 ヘンリーも負けじと大声を張り上げる。 龍は、まるで挑発を受けたようにキッと睨み返す。「違う! この世で一番、いや、それ以上にお嬢を愛しているのは俺だ!」「ちょ、ちょっと……」 私は両手を振り回しながら、慌てて二人の間に入る。 朝っぱらから人ん家の玄関で、なんてことを叫んでくれるのだ! オロオロと二人を見回していると――。「ほっほっほ〜。朝から元気がいいのぉ」「……おじいちゃん」 いつの間にか祖父がやって来ていて、のんびりと笑いながら私たちを見ていた。 その目は、楽しそうに細められている。「ほれ、おまえたち。早くご飯を食べないと遅刻するぞ」 そう言って、腕時計を差し出された私は、時間を見て飛び上がった。 あれからかなりの時間が経過している。「やばっ! 龍、早くご飯食べて、準備するよ!」「は、はい!」 私は急いでその場から駆け出す。 龍もすぐに後を追ってきた。 背後からは祖父の声が追いかけてきた。「これ! 廊下を走るでない!」 でも、そんなの聞いていられない。 とに
ヘンリーという嵐が我が家に戻ってきて、騒々しかった昨日が嘘みたいに平穏な朝が訪れた。 私は、いつものように並べられた龍の手作り朝食に箸を伸ばす。 その瞬間――。「ピンポーン」 玄関のチャイムが鳴り響いた。 朝から誰だろう? 呑気にそんなことを考えつつ、ほんのり感じる胸騒ぎは……見て見ぬふり。 しばらくすると、廊下を歩く足音がこちらへと近づいてくる。 組の者が居間の前で立ち止まり、丁寧にお辞儀をしたのが視界の端に映る。「失礼します、お嬢。お客様です」 その声に、胸の奥で不穏なものが渦巻いていく。 ふと龍に目を向けると、彼もどこか複雑そうな顔をしていた。 たぶん、考えていることは同じ。「もしかして……」 私は箸を置き、急いで玄関に向かって歩き出した。 すぐ後ろには、龍の気配が続く。 きっと彼も何かを感じ取っているのだ。 いてもたってもいられないのだろう。 そして、玄関に立った私は――「あ、流華! おはよう〜っ!」 満面の笑みを浮かべながら、元気よく手を振る中村透真……じゃない! ヘンリーと目が合った。 ……やっぱり。 予感が的中していたことに、私は深くため息をついた。 げんなりしつつも、彼の屈託ない笑顔を見たら、無下にもできない。「お、おはよう……ヘンリー。どうしたの? こんな朝から」「え? 流華と一緒に学校行きたくて、迎えに来たんだよ!」 無邪気にそう答えるヘンリー。 私はそれ以上何も言えず、ひきつった笑顔を返すだけだった。 見た目は中村透真、中身はヘンリー……。まだ慣れない。 中身と見た目がチグハグすぎて、私の思考はぐるぐるするばかり。 でも、二人とも似てるから、見慣れてくると違和感は薄れてくる……はず。 いや、やっぱり複雑。「そう……でも、今ごはん中だから。悪い
そのとき、コホンっと咳払いが聞こえた。 視線を向けると、龍が恐ろしいほど冷静な顔で、ヘンリーを睨んでいる。「龍……もう昔みたいに、暴れないでね」 私は隣に座る龍に、そっと耳打ちした。 すると、彼は固い笑顔を作りながら私を見る。「当たり前じゃないですか……お嬢は、何を心配しているのですか?」 その言葉に合わせて、こめかみには青筋が浮いている。 その笑顔、ひきつってるし。 いや、怒ってるじゃん! ヘンリーは今の状況を理解しているのかいないのか、私に向かって無邪気に詰め寄ってきた。「僕、流華にもう一度会えて、すごく嬉しい。 もう二度と会えないのかと思ってたから……」 至近距離まで迫ってくるヘンリー。 そのまま、私の手をぎゅっと握りしめてきた。 突然の行動に、鼓動が跳ね上がる。「ヘンリー……」「僕、流華のこと、まだ――」 と言いかけた瞬間だった。 ドガァッ! すさまじい轟音とともに、龍の鉄拳がヘンリーに命中した。 ヘンリーは勢いよく吹っ飛び、上半身を壁にめり込ませた。「ヘンリー!」 私は慌てて、壁に刺さったヘンリーの元へ駆け寄る。 ピクピクと動いている彼の足をつかみ、勢いよく引っ張る。 何とか救出に成功し、振り返って龍に怒鳴った。「龍っ!」 しかし龍は、しれっと知らぬ顔でそっぽを向いている。 ……前にもあったな、こんなこと。デジャヴ。 ほんと、こういうところは子どもなんだから。 でも、なんだかその懐かしさに、少し笑ってしまう。 昔を思い出しながら微笑んでいると、今度はヘンリーが嬉しそうに覗き込んできた。「あ、流華、笑った。 やっぱり流華の笑顔はいいね。……可愛い」「なっ――!」 久しぶりに聞くヘンリーの甘い言葉に、思わず顔が熱くなる。
目の前には、中村透真の姿をしたヘンリーが、にこにこと微笑みながら私たちを見つめている。 居間には、私と龍、祖父、そしてヘンリー(中村透真)が揃い、膝を突き合わせていた。 こちらサイドの三人は、お互い神妙な顔で視線を交わす。 それぞれ考えていることは、たぶん同じだ。 「じゃあ、僕がなんで中村透真の中にいるのか、経緯を話すね」 ヘンリーは私たちを順番に見つめ、めずらしく真剣な表情で語りはじめた。 元の世界に帰ったあとも、ヘンリーは毎日、私のことを想って暮らしていたという。 それはもう、深く強く……だそうだ。 そして一年くらい経ったある日。 私のことを想いながら眠りについたヘンリーは、夢の中で中村透真と向き合っていた。 妙にリアルなその光景に、現実なのか夢なのか、最初は区別がつかなかったらしい。 彼は、じっとヘンリーを見つめ続けていた。 最初は戸惑ったヘンリーも、勇気を出して話しかけてみた。 すると、ちゃんと返事が返ってきたらしい。 二人は会話を交わし、ヘンリーはそのうち、私のことを熱く語りはじめた。 募る想いを、切々と。 中村透真は、それを嬉しそうに聞いてくれていた。 たくさん語り合ったあと、彼は黙り込んで、何かをじっと考える素振りを見せた。 そして、静かに言った。「ヘンリーに、僕の体を貸すよ」 中村透真は、ヘンリーが自分の体を通して、私に会いに行けるようにしてくれた……そうだ。 本当にそんなことができるのか? その時はよくわからなかった。 でも、ヘンリーは彼の想いを素直に受け取り、喜んでそれを受け入れた。 気がつけば、彼の中にヘンリーの意識が入り込み―― そして今、中村透真の体を使って、ここにいる……らしい。 じゃあ、中村透真の意識は? 今は眠っているということだろうか。 でも、次はいつ入
そして、放課後。 私は中村透真――いや、ヘンリーを引き連れ、龍が待つ場所へと急ぎ足で向かっていた。 あの衝撃の発言を受け、私は見事にパニック状態に陥った。 ヘンリーが中村透真? 中村透真がヘンリー? あーっ、わけわからん! そんな私の混乱ぶりを見かねたヘンリーが、ニコニコと微笑みながら言った。「話、長くなりそうだからさ。放課後、流華の家で説明するよ。ここじゃなんだし」 その顔はまさに、ヘンリーそのもの……って、そりゃそうなんだけど! もう、ややこしいっ! でもまあ、一度冷静になるためにも、彼の提案を受け入れることにした。 休み時間になると、クラスメートたちがヘンリーを取り囲み、尋問大会が始まった。 「ヘンリーじゃないの?」 「なんで顔そっくりなの?」 「如月さんとどういう関係?」 執拗な質問が次から次へと飛び交う。 しかしヘンリーは、終始ニコニコと笑顔のまま、巧妙にスルーしていく。 結局、まともに答えられてはいないのに、彼のあの天然人たらしぶりに、みんな何となく納得させられてしまっている。 ……やっぱり、ヘンリーだ。 そんな様子を黙って観察していると、貴子がずいっと私の隣にやってきた。 案の定、中村透真のことについて詳しく聞きたがる。 うん、まあ……そうなるよね。 私は半ば呆れつつ、「明日、説明するから」の一点張りでなんとかごまかした。 私自身、まだ状況がよくわかってないんだし。 まずは自分が理解しないと。 貴子は納得していないようだったが、最後には渋々引き下がってくれた。「明日、ちゃんと話してもらうからね!」と、キツめに念押しされちゃったけど。 放課後、校門を出ると、私はいつもより速いペースで歩き出した。 その隣には、ヘンリーがぴったりとついてきている。